カーフィルム スモークフィルム 車フィルムの施工 価格が激安料金で!

お知らせ

2014-08-17
カーフィルム埼玉県 川越市 関東最安♪

平日施工のお客様がルミクールSD、シルフィードがさらに4,000円引きに!(カーフィルム川越市)

※短期間のキャンペーンになりますので、ご了承下さいませ。

埼玉県でカーフィルム・スモークフィルム協力店を募集しております。

カーフィルムの施工が年間1000台以上は関東地域・安さナンバーワン!(カーフィルム川越市)

激安カーフィルム・車のスモークフィルム!「ルミクールSD」は東京・神奈川の平均価格よりも24,098円、「シルフィード」は15,390円もお得です。他社と比較してください!

※弊社は色褪せのある外国製の使用ではなく、すべて日本製ですので5年以上は色褪せしません。
50peroff

↓画像をクリックしますと、施工金額が表示されます♪↓ルミクールSD

カーフィルム・車フィルム・スモークフィルムってなんで貼るの?(カーフィルム川越市)

まずは優先されるのがプライバシーの保護になり、日本車のプライバシーガラスでも透過率が20~30%になり、平均で25パーセント位が多いでしょう。
下記の画像の左側が透過率20%になり、右側画像が30%になり、通常のプライバシーガラスですと、かなり室内が見えてしまいます。

2016-06-30_0849 2016-06-30_0849_001

                                                         しかし、プライバシーガラスの上からカーフィルム透過率7%のフィルムを施工しますと、透過率1~2%になりますので、ほぼ外観からは見えませんので、盗難防止などにもつながります。
下記画像はプライバシーガラスの上から透過率7%施工後の画像になります。

DSCF0038-600x450

では、室内からの視界性はどうなの?
DSCF0039-600x450

↑どの透過率のカーフィルムを施工しても、もともとのプライバシーガラスより若干濃くなるぐらいですので、外観の色合いだけ決めて頂ければ、室内の視界性は良好です。

UVカット(紫外線カット)カーフィルムってなに?(カーフィルム川越市)

UVカット(紫外線カット)カーフィルムは日焼けの防止や室内のインテリアの色褪せを防ぐフィルムになっております。
今の日本車の殆どは運転席・助手席のみUVカットガラスになっており、フロントガラスや後部座席のリア3面、5面のガラスにはUVは入っておりません。
プライバシーガラスが黒いから日焼けしないかと言うと違います。下記のガラスのようにガラス右下部分にUV,UVS,UVUと記載がなければUVカットされてないので日焼けします。皆さんのガラスはどうでしょうか?
外車の90%以上はほぼUVすら入っておりません。
NSコーポレーションのカーフィルムは全てUV99%カットになります。

ガラスごとに下記のUV,UVS,UVUの刻印があるか確認してみてください。
bg__height_800_kb_0_mode_resize_quality_0_ratio__rotate_0_sigmoid__width_

赤外線カット カーフィルムって何?(カーフィルム川越市)

2016-06-30_1832

殆どのお客様がUVカットがあれば暑さ対策や冬場の保温性につながると思われておりますが、UVの他に赤外線もカットしなければ暑さ対策にはなりません。

例として、ルミークルSDを全体的に施工した場合は車内温度に変化はありませんが、ウインコスを全体的に施工すると車内温度は5度位変化し、シルフィード カーフィルムを施工しますと車内温度は11度位変化しますので、燃費の向上にもつながります。
特に外車はガラスの透明度が日本車よりも遥かに高いのでシルフィード カーフィルムをお勧めします。

※よくある赤外線カット率ですが、カット率の測定は測定機関があるわけではなく、メーカーごとに独自の測定結果ですので、実際は体感温度が大事になります。
弊社では実際、体感でき、過去のお客様も体感の違いを実感して頂いております。
皆さんかなり違うと言います!

カーフィルムの種類と性能の違い(カーフィルム川越市)

ルミクールSD
2013-07-22_2233_001-600x139

ルミークルSDは紫外線カット99%カットするフィルムになります。
紫外線カットとは日焼けはインテリアの色褪せの保護になります。
プライバシーの保護と紫外線のみの場合ですと、こちらをお勧めします。

ウインコス
index_ph01-600x194

ウインコスは紫外線カット99%の他に赤外線もカットするフィルムです。
車全体に貼ると車内温度が5度位かわります。
赤外線カットは夏場のジリジリ感だったり、冬場の室内の保温性を保ちます。

シルフィード
2013-07-22_2232-600x142

シルフィードは紫外線カット99%の他に赤外線もカットするフィルムです。
車全体に貼ると車内温度が11度位かわります。
赤外線カットは夏場のジリジリ感だったり、冬場の室内の保温性を保ちます。
シルフィードはベンツなどを取り扱うヤナセの指定フィルムですので、外車にお勧めです。

透明断熱フィルムFGR‐500
FGR‐500はシルフィードと同じ効果があります。フロント・運転席・助手席にも施工可能です。
透過率は1%しかダウンしないので、どの車でも施工可能となります。

ニュープロテクション
2013-07-22_2240-600x187

ニュープロテクションは紫外線カット99%カットするフィルムになります。
紫外線カットとは日焼けはインテリアの色褪せの保護になります。
プライバシーの保護と紫外線のみの場合ですと、こちらをお勧めします。
一番、黒いカーフィルムを貼りたい場合は透過率5%があります。

ニュープロテクション インフレットピュア
車全体に貼ると車内温度が5度位かわります。
赤外線カットは夏場のジリジリ感だったり、冬場の室内の保温性を保ちます。
安くフロント・運転席・助手席に施工したい場合はインフレットピュアをお勧めします。
但し、日本車の運転席・助手席は透過率73%位であり、インフレットピュアを施工しますと透過率が5%ダウンしますので、ガラスの透明度の高い外車がメインになります。

3Mカーフィルム
3Mカーフィルム

※3Mカーフィルムは自動車整備指定、認証工場のみが取り扱えるフィルムになり、ディーラーの殆どがIR機能のついた「3M カーフィルム」が性能的にも主流になっており、フィルムの性能も今までとは違い200層を超える薄い膜を重ねた特殊な高級フィルムとなっております。

カーフィルム5年保証(カーフィルム川越市)

Pic20-ALL-I_8FD896BE8F9191E5

※お客様の車が車両保険に加入していてガラスが破損した場合、相手方に車をぶつけられてガラスが破損した場合、カーフィルムも保険の対象になります。

NSコーポレーションのカーフィルムは激安ですが、すべてが日本製であり、量販店のような外国製とは違い色褪せがしません! また、ベンツなどを取り扱う全国ヤナセ指定フィルム採用により、他社の断熱フィルムよりも圧倒的に体感温度は違います! シルフィードはインフレットピュア、ウインコス・スタンダードよりもUVカットはもちろん、赤外線カットがとても優れたフィルムです。

紫外線を99%カットし、心地よい優しい光と快適な車内環境を生み出します。
断熱性能の違いを体感器で検証。左側がシルフィード、右側が一般スモークフィルムで、スタート時はどちらも26.4℃を示している。
照射後、5分後の温度計は31.2℃と42.1℃を示している。シルフィードを施工した側が10℃以上低いことがわかる。
万が一の事故などで側面ガラスが割れた場合、ガラスが割れて細かく飛び散り大変危険です。
シルフィードを施工したガラス。ガラスは割れますが、フィルムによって飛散が抑えられ、安全性を確保できます。
フロント透明断熱フィルムも施工しております!
カーフィルム「シルフィード」全体的に施工すると車内温度が10度変化します!

カーフィルムスモークフィルム車フィルム車のスモークフィルムガラスコーティングガラスコーティング川越 ご来店の多いエリア:

カーフィルム川越市の地域概要

川越市(かわごえし)は、埼玉県南西部に位置する人口約35万人の市である。
旧・武蔵国入間郡。東京都特別区部への通勤率は16.3%(平成22年国勢調査)。埼玉県内ではさいたま市、川口市に次ぐ第3位の人口を擁する。中核市と業務核都市、保健所政令市に指定されている。

概要・歴史江戸時代には親藩・譜代の川越藩の城下町として栄えた都市で、「小江戸」(こえど)の別名を持つ。城跡・神社・寺院・旧跡・歴史的建造物が多く、文化財の数では関東地方で神奈川県鎌倉市、栃木県日光市に次ぐ。歴史まちづくり法により、国から「歴史都市」に認定されている(埼玉県内唯一の認定)。戦災や震災を免れたため歴史的な街並が残っており、市内の観光名所には年間約620万人もの観光客が訪れる観光都市である。海外の旅行ガイドブックに紹介されることも多く、最近では外国人旅行者が多い(例えばニューヨーク・タイムズ紙の「2009年トラベルガイド」の 川越特集)。
武蔵野台地の北端に位置し、荒川と入間川が市内で合流する。地理的な要衝で平安時代には河越館に豪族の河越氏が興り、武蔵国筆頭の御家人として鎌倉幕府で権勢を誇った。室町時代に上杉氏の家宰・太田道灌によって河越城が築城され、上杉氏、次いで北条氏の武蔵国支配の拠点となった。戦国時代には関東平野の覇権を決する河越夜戦の舞台となった。河越夜戦は「日本三大夜戦」とされる。江戸時代以前は江戸を上回る都市であり、「江戸の母」と称された。
川越城を擁する川越藩は江戸幕府の北の守りであり、武蔵国一の大藩としての格式を誇り、酒井忠勝・堀田正盛・松平信綱・柳沢吉保など大老・老中クラスの重臣や御家門の越前松平家が配された。そのため、江戸時代から商工業や学問の盛んな城下町であり、今日でも多くの学校を有す文教都市である。川越藩の歴代藩主は武蔵野の開発に力を注いだ。「知恵伊豆」と呼ばれた松平信綱は、川越藩士の安松金右衛門に命じ、玉川上水や野火止用水、新河岸川の開削、川島大囲堤の築造、川越街道の改修を行い、行政手腕の秀でた柳沢吉保は、川越に召抱えていた荻生徂徠の建議を入れ、筆頭家老の曽根権太夫に命じ、三富新田の開拓などを行った。
川越藩によって殖産政策が遂行され、農産物や絹織物・工芸品など市場競争力のある特産品開発がなされた。川越藩領の狭山丘陵で河越茶(狭山茶)の栽培が進められ、武蔵野の開墾地ではサツマイモの栽培が盛んになった。高林謙三が開発した「高林式製茶機械」によって狭山茶は隆盛することとなり、赤沢仁兵衛が考案した「赤沢式甘藷栽培法」によってサツマイモの収穫量は劇的に増加した。寛政年間に焼イモが江戸で大流行すると、新河岸川や入間川の舟運で江戸に出回ったサツマイモは川越芋と呼ばれ「栗よりうまい十三里」というフレーズと味の良さで持て囃され、「イモの町」のイメージも定着した。こうした領内や秩父など近郊からの物資の供給地として「江戸の台所」と呼ばれ繁栄した。また幕末、川越藩領であった上野国前橋で生糸業を興し、その輸出で川越商人は財を成した。
埼玉県下随一の城下町(川越藩の石高は武蔵国で最大、関東でも水戸藩に次ぐ)であったので、廃藩置県では川越県、次いで入間県の県庁所在地となった。入間県は現在の東京都武蔵野市周辺から新座や秩父・熊谷・本庄まで含んで発足、入間県の面積は現在の埼玉県の7割を占めていた。現在の埼玉県成立後、最初に市制を施行したのは川越である(大正11年の市制施行は北海道札幌市などと同年)。明治以降も先進的な発展が続き、埼玉りそな銀行の前身であり埼玉県で唯一の国立銀行であった第八十五国立銀行の発祥地である[2]。また旧川越藩御用商人衆には横田五郎兵衛、山崎豊、黒須喜兵衛など豪商が多く、米穀取引所や民間による銀行(川越銀行や川越商業銀行)の設立や商工会議所・医師会の発足なども埼玉県内で最初である。後に川越市初代市長となる綾部利右衛門ら川越商人の強い力で、埼玉県で最初に火力発電所や水力発電所を設け、埼玉県下で最初に電灯が燈った町でもある。
川越商人に加え、上広瀬村(現・狭山市)の清水宗徳が参画し、川越鉄道が甲武鉄道の国分寺駅との間に建設された(現在の西武新宿線と西武国分寺線のルーツ)。また、綾部らの川越電気鉄道が大宮との間で開通した。川越電気鉄道は蒸気機関車ではなく、その名の通り、埼玉県で最初の電車であった。川越鉄道と川越電気鉄道は最終的に合併し、西武鉄道(旧)となり、川越藩三芳野村(現・坂戸市)出身の大川平三郎(「日本の製紙王」と呼ばれ大川財閥を作った)らが役員に名を連ねた。綾部らの西武鉄道は堤康次郎の武蔵野鉄道(現在の西武池袋線)と太平洋戦争中に戦時合併する。一方、1902年(明治35年)には綾部ら川越商人と川越商業銀行頭取で新河岸川の回漕業者でもあった福岡村(現・ふじみ野市)の星野仙蔵が、東京 – 川越間の京越鉄道の敷設を計画した。これは本社を川越に置いて発足した東上鉄道に引き継がれ、1914年(大正3年)に池袋駅 – 田面沢駅(現在の川越市駅の西方にあった)間で開通した。2年後には坂戸駅まで延伸。東上鉄道は1920年に根津嘉一郎の東武鉄道と合併する。昭和になって軍需鉄道の八高線の建設が決まると川越商人たちが川越線建設を求める請願を行い、国策鉄道として省線の川越線が開通した。代わりに、川越 – 大宮間の電車(西武大宮線と改名)は廃線となった。
現在では、JR・東武東上線川越駅は1日約19万人が乗降し(埼玉県内では大宮駅に次ぐ2位)、近接する西武新宿線本川越駅を併せた乗降客数は26万人を超え、東武東上線・川越市駅も併せると中心市街地に駅が3つあることになる。旧市街地の玄関は西武の本川越駅で、新市街地の玄関は東武の川越駅である。
室町時代より川越街道(現・国道254号)で、江戸時代より新河岸川舟運で、江戸と直結した物流の要衝であり、1971年(昭和46年)には埼玉県内で最初の高速道路として関越自動車道が練馬IC – 川越IC間で完成、開通時の名称は「東京川越道路」であった。国道16号(東京環状)や首都圏中央連絡自動車道(圏央道)も通じている。

地理
気候
ケッペンの気候区分では温暖湿潤気候に属する。1年を通じて穏やかな気候で、年平均降水量は1320mm、年平均気温は15.8℃、年平均相対湿度は62.8%、年平均風速は2.1m/s。(数値は2009年)。

地誌
都心から30km圏に属し、北緯35度55分30秒、東経139度29分08秒(市役所のある元町)。市域は東西およそ16.3km、南北およそ13.8km。標高は元町で海抜18.5m、市の南端が最も高く50.7m、東部が最も低く6.9m、標高差およそ44mである。
荒川と多摩川に挟まれた地域を武蔵野台地と言い、川越はその北東端に位置する。武蔵野台地は奥秩父山地を水源とする多摩川が形成した扇状地である。太古の多摩川(古多摩川)は東京都と神奈川県の都県境方面ではなく埼玉県西部の入間郡を横断して流れていた(今の入間川の流路とほぼ同じ)。武蔵野台地は柳瀬川以北を特に川越台地と呼び、さらに入間川を超えた北西側を特に入間台地と呼ぶ。南西には狭山丘陵が接する(狭山丘陵も古多摩川が土砂を堆積してできた丘陵で、狭山丘陵の形成によって多摩川は後に流路を南に変えることになった)。河越館が築かれたのは入間台地の東限で、川越城が築城されたのは川越台地の北限である。川越城は地形を利用した平山城であった。1457年(長禄元年)に川越城と江戸城を築城した太田道灌は、両城を結ぶ防衛ラインとして川越街道を造った。以来、川越街道より西南側へ多摩地域までが武蔵野と呼ばれる地方で、文化的な一体性がある。
川越台地を取り囲むように周囲は低地であり市内からは関東平野を囲む山々を眺めることができる。外秩父山地や武蔵野台地の武蔵野面(古多摩川が形成した高位の河岸段丘)に降った雨は、入間川や新河岸川、越辺川、不老川、小畔川、赤間川など(今では多摩川水系ではなく)荒川水系の幾多の河川を形成し、川越の町を囲むような低地に主に北西方向から南東に流れる。町は台地上に形成され、南側の台地に拡大する余地が残っており、歴史的にも南へ街が広がってきた。甲武信ヶ岳を源とする荒川は江戸時代の寛永の瀬替えにより大宮台地西側を流れるようになり流量を増やした。荒川は、大持山から流れ出た入間川と当市内の古谷上で合流し、日本でも最大規模の河川敷を形成する(国道16号の上江橋は河川にかかる国道の橋としては日本最長である)。このため、「外川」と呼ばれた荒川の対岸の大宮などとは歴史的にも結び付きがあまりない。
川越街道は入間川や荒川を渡ることなく江戸へ通じたので、荒川や利根川の氾濫に苦しめられた中山道に劣らず賑わった。「内川」と呼ばれた新河岸川は江戸へ向って傾斜し隅田川に合流するので、川筋が整備され舟運が盛んであった。大正時代に新河岸川は赤間川と合流され、さらに川越市街を取り巻く形となった(大正時代に新河岸川のルートに東武東上本線が建設され、舟運は廃された)。こうした河川が市内北部や東部に広大な氾濫地である荒川低地を作り出し、稲作地帯となっている。市内東部には埼玉県内最大の自然沼である伊佐沼もある。旧荒川の流路に沿って自然堤防も形成されている。こうした沖積層は、地下水位が高く軟弱な粘土やシルトが厚く分布している。
一方、武蔵野台地(川越台地・入間台地)上にある市内中心部・南部・西部は対照的に洪積台地となっており、富士山や浅間山の火山灰が形成した関東ローム層(立川ローム層とその下の武蔵野ローム層)の下には古多摩川が形成した比較的安定した礫層がある。関東ローム層は保水力が無く井戸水に困り、また江戸時代以前は武蔵野台地を水源とする川は石神井川や不老川など数少なく、その上、瀬切れを起こしやすく台地上では水の確保に苦労した。現在では武蔵野の雑木林の面影を残し、水はけが良いことから畑作地帯となっている。

地名の由来
直接の由来は平安時代に河越館を構えた豪族河越氏 であるが、その由来は古来より諸説ある。
川越は古来より武蔵国の中枢で、諸方に交通の便が拓けていたが川越市街地を川が囲む形となっており、入間川を越えないとたどり着けない地であることから「河越」と称されたという説や、養寿院にある銅鐘(国の重要文化財)に「武蔵国河肥庄」という銘があり吾妻鏡にも文治2年(1186年)の記述に既に「河肥」の文字があることから入間川の氾濫によって肥沃な地であるからという説、などである。

経済
産業人口(2005年国勢調査より)
就業者総数:164,573人
第一次産業:3,375人 (2.1%)
第二次産業:43,628人 (26.5%)
第三次産業:111,160人 (67.5%)

工業
1965年(昭和40年)に狭山市とともに積極的な工場誘致を行い、当時、日本一の面積であった川越狭山工業団地が完成、更に1980年代には富士見工業団地や川越工業団地が造成され、市内の住工混在の解消を図っている。首都圏中央連絡自動車道の川島ICに近い市内には、川越第二産業団地の整備も進んでいる。埼玉県内では最大級の工業都市で、2014年には狭山市を抜いて工場製造品出荷額で1位である(9370億円)。機械類の生産が最多であるが、化学工業が多いのも特徴である。
エクセディ 川越工場
エースコック 東京工場
酒井重工業 生産センター
サノフィ・アベンティス 川越工場
サミー 川越工場
サンケン電気 川越工場
サンリッツ 川越工場
新報国製鉄 本社、工場
ちふれ化粧品 本社、川越工場
デンヨー 川越出張所
東洋インキ 埼玉製造所
トーヨーケム川越製造所
日清紡績 川越工場
ノバルティスファーマ 埼玉工場
パイオニア 川越事業所(日本で初めてGPS使用型のカーナビゲーションを開発)
ハスクバーナ・ゼノア 本社工場
ヒーハイスト精工 本社、川越工場
本田金属技術 本社工場
雪印メグミルク 川越工場
農業[編集]
サツマイモ
紅赤(べにあか) 埼玉生まれの品種。
サトイモ
カブ(収穫量で埼玉県内1位)
枝豆(収穫量で埼玉県内1位)
チンゲンサイ(収穫量で埼玉県内1位)
コマツナ
大根
ホウレンソウ(収穫量で深谷市に次いで埼玉県内2位)
ニンジン
ゴボウ

小麦
など。
江戸時代の寛政年間に焼き芋が流行(それまでは蒸したサツマイモだった)、文化年間に焼き芋屋の宣伝コピーとして、「栗(九里)より(四里)うまい十三里(十三里半とも)」と謳われた程のサツマイモの名産地であった。将軍・徳川家治に献上されて「川越芋」の名がついた、と言われる。主要地は市内南西部。次第に栽培の容易な「紅あずま」やサトイモ、葉物野菜などへの作物転換が行われるようになっていったが、近年では幼稚園や小学校の「いも掘り遠足」(農業体験型の観光藷掘り)が盛んになっている。
有志により「川越いも友の会」が結成され、10月13日を「サツマイモの日」に制定し、川越芋を復興する取り組みで1999年(平成11年)に「サントリー地域文化賞」を受賞した。現在の会長は世界的なサツマイモ研究の権威で川越在住のアメリカ人・ベーリ・ドゥエル東京国際大学教授。
サツマイモと並んで当市の特産物であったのが柿で、老中の秋元喬知が甲斐国から川越藩主に転封され川越で殖産政策を行って盛んになった。特に神奈川県川崎市で誕生した甘柿の禅寺丸の大産地として有名だったが、戦後廃れてしまった。
現在では、南西の台地上に位置する福原・大東地区を中心に葉物野菜が、北や東の川沿い低湿地の芳野・山田・名細・田面沢、古谷を中心に稲作が行われている。当市は山地がない平坦地なため2,693haと埼玉県下最大の経営耕地面積を有する。近郊農業地域で野菜と米の出荷量が多く、当市の農業産出額は深谷市・熊谷市・本庄市に次いで埼玉県内第4位である(2009年)。当市は埼玉県内で商業、工業、農業の産業バランスが良い市とされ、農業従事者も埼玉県平均より青年層が多く、高齢化の割合が少ないのが特色となっている。
「小江戸川越ブランド産品」の認定制度があり、小江戸川越黒豚や小江戸川越地鶏などを育てている。特産品開発の先進的な取組みを農林水産省と経済産業省が共同で支援・表彰する「農商工連携88選」に、埼玉県内からは「コエドブルワリー」(地ビール)と「ひびき」(やきとり・彩の国黒豚)の当市の2社だけが選出された。2010年(平成22年)には川越城址近くにJAいるま野の「あぐれっしゅ川越」がオープン、地元農産物の大型直売センターで賑わっている。

商業
川越市の小売業の年間商品販売額は、さいたま市・川口市に次いで埼玉県内第3位である(2009年)。
また川越駅東口から北へ伸びる商店街「クレアモール」(川越サンロード商店街と川越新富町商店街の統一名)は関東地方でも有数の集客力を持つ商店街。地元の若年層・近隣から通学してくる高校・大学生や高齢者層まで平日でも人通りが多く、商店街の通行量調査では埼玉県で1位となっている[11]。クレアモールは電線が地中化、御影石舗装で店舗とはバリアフリー化が成されている。ストリートミュージシャンも登場する。クレアモールは、中央通り、大正浪漫夢通り、川越一番街へと続き、全長は2kmを超える。

主な商業施設
クレアモール
丸広百貨店川越店
ソフマップ(マルヒロアネックス内)
紀伊國屋書店(マルヒロアネックス内)
川越modi(丸井系列)
ユザワヤ
アトレマルヒロ
川越マイン(東武系列)
川越ルミネ(JR東日本系列)川越駅の駅ビル
エキア川越(東武鉄道系列)川越駅の駅ナカ
イトーヨーカドー川越店
PePe(西武系列)西武本川越駅の駅ビル
ノジマ川越西店
中小企業庁は日本の「がんばる商店街77選」に、当市内の7つの商店街を選定している。

メディア
時事通信社・川越支局
日刊工業新聞社・川越支局
朝日新聞社・西埼玉支局
毎日新聞社・埼玉西支局
読売新聞東京本社・川越支局
産業経済新聞社(産経新聞)・川越通信部
埼玉新聞社・県西総局
東京新聞(中日新聞東京本社)・川越通信部
週刊埼玉・本社
NHKさいたま放送局さいたま西営業センター
JCN関東川越支局(旧・川越ケーブルビジョン)

教育
幼稚園
あおば幼稚園
あそか幼稚園
岡田幼稚園
かすみ幼稚園
霞ヶ関幼稚園
川越幼稚園
川越あさひ幼稚園
川越白ゆり幼稚園
川越なかよし幼稚園
川越ひばり幼稚園
川越第二ひばり幼稚園
川越双葉幼稚園
南双葉幼稚園
川鶴ひばり幼稚園
新河岸幼稚園
高階幼稚園
東光幼稚園
ながさわ幼稚園
のぞみ幼稚園
初雁幼稚園
ひかりの子幼稚園
ひつじ幼稚園
第二ひつじ幼稚園
日の丸幼稚園
ひまわり幼稚園
ひまわり東幼稚園
ひまわり南幼稚園
ふくはら幼稚園
ふじま幼稚園
藤原白百合幼稚園
みよしの幼稚園
ルンビニ幼稚園

小学校
公立
川越市立新宿小学校
川越市立泉小学校
川越市立今成小学校
川越市立牛子小学校
川越市立上戸小学校
川越市立大塚小学校
川越市立霞ヶ関北小学校
川越市立霞ヶ関小学校
川越市立霞ヶ関西小学校
川越市立霞ヶ関東小学校
川越市立霞ヶ関南小学校
川越市立川越小学校
川越市立川越第一小学校
川越市立川越西小学校
川越市立仙波小学校
川越市立高階北小学校
川越市立高階小学校
川越市立高階西小学校
川越市立高階南小学校
川越市立大東西小学校
川越市立大東東小学校
川越市立中央小学校
川越市立月越小学校
川越市立寺尾小学校
川越市立名細小学校
川越市立広谷小学校
川越市立福原小学校
川越市立古谷小学校
川越市立古谷東小学校(2009年3月31日閉校)
川越市立南古谷小学校
川越市立武蔵野小学校
川越市立山田小学校
川越市立芳野小学校
私立
星野学園小学校

中学校
公立
川越市立霞ヶ関中学校
川越市立霞ヶ関西中学校
川越市立霞ヶ関東中学校
川越市立川越第一中学校
川越市立川越西中学校
川越市立鯨井中学校
川越市立城南中学校
川越市立砂中学校
川越市立高階中学校
川越市立高階西中学校
川越市立大東中学校
川越市立大東西中学校
川越市立寺尾中学校
川越市立名細中学校
川越市立野田中学校
川越市立初雁中学校
川越市立東中学校
川越市立福原中学校
川越市立富士見中学校
川越市立南古谷中学校
川越市立山田中学校
川越市立芳野中学校
私立
秀明中学校※中高併設
城西川越中学校※中高併設
星野学園中学校※中高併設
城北埼玉中学校※中高併設

高等学校
川越市立
川越市立川越高等学校(旧・埼玉県川越商業高等学校)
埼玉県立
埼玉県立川越高等学校
埼玉県立川越女子高等学校
埼玉県立川越工業高等学校
埼玉県立川越総合高等学校(旧・埼玉県立川越農業高等学校)
埼玉県立川越南高等学校
埼玉県立川越西高等学校
埼玉県立川越初雁高等学校
私立
星野高等学校(旧・星野女子高等学校)※中高併設
山村学園高等学校(旧・山村女子高等学校)
東邦音楽大学附属東邦第二高等学校
城西大学付属川越高等学校※中高併設
秀明高等学校※中高併設
城北埼玉高等学校※中高併設
川越東高等学校
霞ヶ関高等学校

特別支援学校
川越市立特別支援学校(旧・川越市立養護学校)
埼玉県立川越特別支援学校
埼玉県立特別支援学校塙保己一学園(旧・埼玉県立盲学校)

大学
東洋大学・川越キャンパス
東京国際大学・第1キャンパス、第2キャンパス
東邦音楽大学・川越キャンパス
尚美学園大学・川越キャンパス
埼玉医科大学・川越キャンパス
当市など埼玉県西部にある各大学は彩の国大学コンソーシアムを結び単位互換制度や公開講座を実施している。
当市では、「育英資金」という奨学金制度がある。なお、本奨学金は返還義務が伴う。また、「川越市交通遺児奨学金」制度があり、本制度は小中学生対象の給付型である。

交通
江戸時代から入間地区の交通の要衝として発達しており、周辺各都市への交通が中心部から放射状に発達しているものの、市内環状道路の整備や、主要道路の拡幅が今後の課題となっている。
埼玉県庁(浦和駅)へのアクセス:JR川越駅から川越線に乗車し大宮駅で湘南新宿ラインに乗り換えるルートなど。
都心方面へのアクセス:新宿に向かう西武新宿線、埼京線、東武東上線(東京メトロ副都心線直通)の3ルート、池袋に向かう埼京線、東武東上線、東上線の東京メトロ有楽町線直通の3ルートがある。新木場へも東京臨海高速鉄道りんかい線(川越線直通)、東京メトロ有楽町線の2ルートで乗り換えなしで行くことができる。
鉄道路線[編集]
中心駅:川越駅
東武鉄道
東武東上本線
鶴ヶ島駅 – 霞ヶ関駅 – 川越市駅 – 川越駅 – 新河岸駅
東日本旅客鉄道(JR東日本)
川越線
笠幡駅 – 的場駅 – 西川越駅 – 川越駅 – 南古谷駅
西武鉄道
西武新宿線
本川越駅 – 南大塚駅
なお、西武新宿線の列車の愛称は川越市にちなんだ名称になっている。(特急「小江戸」号、快速急行「川越」号)

廃線
川越電気鉄道(西武大宮線) 通称ちんちん電車。川越久保町駅と大宮駅間を結んでいた。
川越久保町駅 – 成田山前駅 – 二ノ関駅 – 沼端駅 – 黒須駅 – 芝地駅
埼玉県営鉄道 県営の砂利採取事業のため東武東上線から入間川まで路線があった。
霞ヶ関駅 – 砂利採取場

休止路線
西武安比奈線
南大塚駅 – 安比奈駅
西武鉄道の前身、西武鉄道(旧)は1925年(大正14年)に、入間川からの砂利輸送が目的で南大塚駅から安比奈線を開通させた。入間川には、安比奈線と埼玉県営鉄道の2つが対岸の東武と西武の駅から向かい合うように延びていた。
1950年(昭和25年)に電化され蒸気機関車から電気機関車に変ったが、その貨物輸送も1967年(昭和42年)で廃止された。その後半世紀近くにわたって休止扱いであったが、2016年(平成28年)2月、西武鉄道から同年11月を以て正式に路線を廃止することが公表された。

バス
路線バス
川越市コミュニティバス「川越シャトル」(東武バスウエスト川越営業事務所・西武バス川越営業所に運行委託)
イーグルバス
東武バスウエスト
西武バス
国際興業バスが1995年1月まで路線バスを運行をしていたが、西武バスに移管をした。
市内観光バス
イーグルバス:小江戸巡回バス(レトロなボンネットバスで市内の名所を巡回している。車内アナウンスは英語・中国語に対応。1日フリー乗車券がある)。
東武バスウエスト:小江戸名所めぐりバス(1日乗り放題のバス)。
高速バス
川越観光自動車・東武バスウエスト・千葉交通:川越駅西口 – 成田空港
イーグルバス・西武バス・東京空港交通:本川越駅 – 川越駅西口 – 羽田空港
東武バスウエスト・京成トランジットバス:本川越駅 – 川越駅西口 – 東京ディズニーシー – 東京ディズニーランド
日本中央バス:川越駅西口 – 富山駅前 – 金沢駅前 – 兼六坂
富士急山梨バス・西武バス:川越駅西口 – 富士急ハイランド – 河口湖駅 – 富士山駅
関越交通:川越的場BS – 沼田 – 尾瀬戸倉 – 大清水(尾瀬号)
西武バス・越後交通:川越的場BS – 湯沢 – 長岡北 – 三条燕 – 新潟駅前 – 万代シテイバスセンター(新潟線)
西武バス・頸城自動車・越後交通:川越的場BS – 柏崎駅前 – 頸城 – 高田駅前 – 直江津(イトーヨーカドー前)(上越線)
西武バス・富山地鉄:川越的場BS – 黒部 – 富山駅前(富山線)
西武バス・加越能バス:川越的場BS – 砺波駅南 – 高岡駅前 – 氷見 (氷見線)
西武バス・北陸鉄道・JRバス関東・西日本JRバス:川越的場BS – 金沢駅(金沢線)
西武バス・長電バス:川越的場BS – 屋代 – 長野駅前 – 権堂 – 柳原(長野線)
西武バス・千曲バス:川越的場BS – 軽井沢プリンスホテル – 軽井沢駅前 – 中軽井沢駅 – 御代田駅前 – 小諸駅前(軽井沢線)
西武バス・千曲バス:川越的場BS – 佐久平駅前 – 中込駅前 – 臼田駅(佐久線)
西武バス・千曲バス:川越的場BS – 富岡 – 下仁田 – 松井田 – 佐久 – 小諸高原 – 上田駅前 – 上田営業所(上田線)
日本中央バス:川越的場BS – 藤岡 – 高崎駅東口 – 前橋駅南口 – 前橋バスターミナル(前橋線)
深夜急行バス
東武バスウエスト:池袋駅西口 – 志木駅南口 – 川越駅東口 – 本川越駅 – 神明町車庫(ミッドナイトアロー川越号)
東武バスウエスト:川越駅東口 – 本川越駅 – 坂戸駅北口 – 東松山駅 – 森林公園駅南口(ミッドナイトアロー東松山・森林公園号)

タクシー
練馬タクシー川越営業所
朝日自動車川越営業所
埼玉第一交通川越営業所
西武ハイヤー川越営業所
川越乗用自動車
三共交通
初雁交通
富士見ハイヤー
東上ハイヤー
タクシーの営業区域は県南西部交通圏で、所沢市・東松山市・飯能市・和光市などと同じエリアとなっている。

道路
高速道路
関越自動車道:川越IC、川越的場BS
首都圏中央連絡自動車道:市内に道路が延びている。インターチェンジは、圏央鶴ヶ島ICが鶴ヶ島市との境界の鶴ヶ島市側にある。
一般国道
国道16号(旧道、川越バイパス (国道16号))
国道254号(川越街道) – 富士見川越バイパス、川越バイパス (国道254号))
国道407号(笠幡地区を掠めている)
県道
主要地方道
埼玉県道6号川越所沢線(かわとこ線)
埼玉県道8号川越入間線(茶つみ通り)
埼玉県道12号川越栗橋線(川栗線)
埼玉県道15号川越日高線
埼玉県道39号川越坂戸毛呂山線
埼玉県道51号川越上尾線
一般県道
埼玉県道113号川越新座線
埼玉県道114号川越越生線
埼玉県道155号さいたま武蔵丘陵森林公園自転車道線(荒川サイクリングロード)
埼玉県道157号川越狭山自転車道線(入間川サイクリングロード)
埼玉県道160号川越北環状線
埼玉県道180号南古谷停車場線
埼玉県道229号本川越停車場線
埼玉県道246号川越市停車場線
埼玉県道256号片柳川越線
埼玉県道260号鯨井狭山線
埼玉県道261号笠幡狭山線
埼玉県道335号並木川崎線
埼玉県道336号今福木野目線
埼玉県道339号平沼中老袋線

町並み保存
川越一番街を中心とする旧市街地は、グッドデザイン賞の第1回「アーバンデザイン賞」(1999年)を受賞している。昭和50年代に仲町のマンションに端を発した旧市街地の高層マンション乱立に危機感を持った市民が建設反対運動を展開した。市民に加え、1974年から川越を舞台に活動してきた日本建築学会・都市計画の専門家・芸術家・川越青年会議所・川越商工会議所・市役所職員などがNPO法人「川越蔵の会」を結成。さらに商店街住民が中心となって「町並み委員会」を結成、都市計画家のクリストファー・アレグザンダーの「パタン・ランゲージ」の考えを下敷きに「町づくり規範」を策定した。こうしたイギリスのナショナルトラストの影響を受けた市民が、行政に代わって文化財保存運動と衰退していた街の活性化を進めたことが高く評価された受賞であった。「川越蔵の会」は「全国町並み保存連盟」でも中心的な役割を果たし、2010年(平成22年)には「地域づくり総務大臣表彰」を受賞した。また西郷真理子も川越の蔵造り保存運動に参画[17]、その経験を滋賀県長浜市の黒壁スクエア・香川県高松市の丸亀町商店街などの大手商業資本に頼らない町おこしに生かした。西郷真理子はそうした市街地再生計画でフランス・カンヌの「国際不動産投資見本市(MIPIM)」で「未来的プロジェクト賞」を日本人で初めて受賞した。
行政も1988年(昭和63年)に「都市景観条例」を制定し、「歴路事業」として舗道の石畳化と電線類地中化を広範に進めた。政令指定都市のさいたま市と共に景観法に基づく景観行政団体となっている。
旧市街地約7.8ヘクタールは、1999年(平成11年)に関東地方では2番目に、国の重要伝統的建造物群保存地区として選定された(埼玉県内唯一の選定)。国の「都市景観大賞」も受賞。国が「古都保存法」施行40周年を記念して選定した「美しい日本の歴史的風土100選」にも埼玉県内から唯一選ばれている。2003年(平成15年)には「優秀観光地づくり賞」(総務大臣賞)を受賞。2008年に国が「歴史まちづくり法」を制定すると、埼玉県内で初めて川越市は長野県松本市などと共に2011年に同法の認定を受けた[19]。その結果、市が実施する「川越市歴史的風致維持向上計画」は国の補助事業となった。
民間では、読売新聞が選出した日本の「平成百景」や「遊歩百選」、毎日新聞の「ヘリテージング100選」に選ばれている。朝日新聞の会員サイト・アスパラクラブが「日本一の商家の町並み・暮らしの灯り」というテーマで実施した「お気に入りの町」人気投票では、岡山県倉敷市、滋賀県近江八幡市に次いで全国3位、日本経済新聞の「散歩したい歴史ある町並み」ランキングでも山口県萩市、岐阜県高山市に次いで全国3位に選出されている。2007年(平成19年)には、町並み保存が評価され「岩切章太郎賞」を受賞した。
市職員が制作した映像作品「蔵造り-まちづくりの明日を問う」は、「地方の時代映像祭」でグランプリを受賞、その賞金は「川越蔵の会」発足基金ともなった。1980年(昭和55年)に始まった「地方の時代映像祭」は、日本各地の人々の営みを記録したドキュメンタリー映像祭で神奈川県川崎市で誕生。その後は当市が開催を引き継いだ(現在は大阪府吹田市を会場にして開催されている)。
NHK総合テレビの「新日本紀行」は、1978年(昭和53年)に「小江戸残照〜蔵造りの街・川越〜」を放送。重厚な家並みと伝統の中で暮らす人々を描き、30年後の2008年(平成20年)3月8日には「新日本紀行ふたたび」で再度「小江戸〜川越〜」を放送。開発の激しい首都圏の中枢都市でありながら、古いものを大切にすることで独自の未来を切り拓こうと、風格ある町並みを守る川越市民の姿を描いた。
旧市街地は2004年(平成16年)に「美しい日本の歩きたくなるみち500選」に選定された。しかし川越一番街などは、大型バスを含め車の往来が激しく、観光客の増加で観光人力車まで通行し、歩行者に危険な状況である。また、車の振動や排気ガスが蔵造りへ深刻なダメージを与えており、かけがえのない文化財の保護の観点からも早急な対策が求められている。ヨーロッパの古都のように旧市街地から車の通行を排除すべきではないか、と当市のタウンミーティングで懸案として協議されている。休日日中の歩行者天国を望む声は市民調査でも圧倒的に多く、2009年(平成21年)11月7日から同月23日まで実際に試行もされた。一方では、埼玉県では23年ぶりの設置となる自転車通行帯の整備が旧市街地で進んでいる。
町並みの意識は、「大正浪漫夢通り」での保存コンペの実施、新市街地のクレアモールの空間や建築・街路樹の協定など、市域全体の町作りに広がっている。また当市の成功例はシャッター通り化に苦しむ全国の都市から町作りのモデルケースとされ視察も多い。

画像
画像
画像

カーフィルムメニュー

最新情報