カーフィルム,スモークフィルム,車フィルム 施工が日本最安の専門店

お知らせ

2014-02-19
カーフィルム神奈川県相模原市 関東最安!ならNSコーポレーションへ

平日施工のお客様がルミクールSD、シルフィードがさらに4,000円引きに!

※短期間のキャンペーンになりますので、ご了承下さいませ。(カーフィルム神奈川県相模原市)

カーフィルムの施工が年間1000台以上は関東ナンバーワン!安さもナンバーワン!

激安カーフィルム・車のスモークフィルム!「ルミクールSD」は東京・神奈川の平均価格よりも24,098円、「シルフィード」は15,390円もお得です。他社と比較してください!
弊社、NSコーポレーションは高品質の日本製カーフィルムの取扱いと最安値の店舗なのでディーラー営業マンも施工しに来ます。
※弊社は色褪せのある外国製の使用ではなく、すべて日本製ですので5年以上は色褪せしません。
カーフィルム神奈川県相模原市,スモークフィルム,車フィルム
↓画像をクリックしますと、施工金額が表示されます♪↓カーフィルム

カーフィルム・車フィルム・スモークフィルムってなんで貼るの?

まずは優先されるのがプライバシーの保護になり、日本車のプライバシーガラスでも透過率が20~30%になり、平均で25パーセント位が多いでしょう。
下記の画像の左側が透過率20%になり、右側画像が30%になり、通常のプライバシーガラスですと、かなり室内が見えてしまいます。
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しかし、プライバシーガラスの上からカーフィルム透過率7%のフィルムを施工しますと、透過率1~2%になりますので、ほぼ外観からは見えませんので、盗難防止などにもつながります。

下記画像はプライバシーガラスの上から透過率7%施工後の画像になります。
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では、室内からの視界性はどうなの?
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↑どの透過率のカーフィルムを施工しても、もともとのプライバシーガラスより若干濃くなるぐらいですので、外観の色合いだけ決めて頂ければ、室内の視界性は良好です。

UVカット(紫外線カット)カーフィルムってなに?

UVカット(紫外線カット)カーフィルムは日焼けの防止や室内のインテリアの色褪せを防ぐフィルムになっております。
今の日本車の殆どは運転席・助手席のみUVカットガラスになっており、フロントガラスや後部座席のリア3面、5面のガラスにはUVは入っておりません。
プライバシーガラスが黒いから日焼けしないかと言うと違います。下記のガラスのようにガラス右下部分にUV,UVS,UVUと記載がなければUVカットされてないので日焼けします。皆さんのガラスはどうでしょうか?
外車の90%以上はほぼUVすら入っておりません。
NSコーポレーションのカーフィルムは全てUV99%カットになります。
ガラスごとに下記のUV,UVS,UVUの刻印があるか確認してみてください。
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赤外線カット カーフィルムって何?(カーフィルム横浜)

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殆どのお客様がUVカットがあれば暑さ対策や冬場の保温性につながると思われておりますが、UVの他に赤外線もカットしなければ暑さ対策にはなりません。
例として、ルミークルSDを全体的に施工した場合は車内温度に変化はありませんが、ウインコスを全体的に施工すると車内温度は5度位変化し、シルフィード カーフィルムを施工しますと車内温度は11度位変化しますので、燃費の向上にもつながります。
特に外車はガラスの透明度が日本車よりも遥かに高いのでシルフィード カーフィルムをお勧めします。
※よくある赤外線カット率ですが、カット率の測定は測定機関があるわけではなく、メーカーごとに独自の測定結果ですので、実際は体感温度が大事になります。
弊社では実際、体感でき、過去のお客様も体感の違いを実感して頂いております。
皆さんかなり違うと言います!

カーフィルムの種類と性能の違い

ルミクールSD
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ルミークルSDは紫外線カット99%カットするフィルムになります。
紫外線カットとは日焼けはインテリアの色褪せの保護になります。
プライバシーの保護と紫外線のみの場合ですと、こちらをお勧めします。

ウインコス
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ウインコスは紫外線カット99%の他に赤外線もカットするフィルムです。
車全体に貼ると車内温度が5度位かわります。
赤外線カットは夏場のジリジリ感だったり、冬場の室内の保温性を保ちます。

シルフィード
カーフィルム,スモークフィルム,車フィルム
シルフィードは紫外線カット99%の他に赤外線もカットするフィルムです。
車全体に貼ると車内温度が11度位かわります。
赤外線カットは夏場のジリジリ感だったり、冬場の室内の保温性を保ちます。
シルフィードはベンツなどを取り扱うヤナセの指定フィルムですので、外車にお勧めです。
透明断熱フィルムFGR‐500
FGR‐500はシルフィードと同じ効果があります。フロント・運転席・助手席にも施工可能です。
透過率は1%しかダウンしないので、どの車でも施工可能となります。

ニュープロテクション
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ニュープロテクションは紫外線カット99%カットするフィルムになります。
紫外線カットとは日焼けはインテリアの色褪せの保護になります。
プライバシーの保護と紫外線のみの場合ですと、こちらをお勧めします。
一番、黒いカーフィルムを貼りたい場合は透過率5%があります。

ニュープロテクション インフレットピュア
車全体に貼ると車内温度が5度位かわります。
赤外線カットは夏場のジリジリ感だったり、冬場の室内の保温性を保ちます。
安くフロント・運転席・助手席に施工したい場合はインフレットピュアをお勧めします。
但し、日本車の運転席・助手席は透過率73%位であり、インフレットピュアを施工しますと透過率が5%ダウンしますので、ガラスの透明度の高い外車がメインになります。

3Mカーフィルム
3Mカーフィルム
※3Mカーフィルムは自動車整備指定、認証工場のみが取り扱えるフィルムになり、ディーラーの殆どがIR機能のついた「3M カーフィルム」が性能的にも主流になっており、フィルムの性能も今までとは違い200層を超える薄い膜を重ねた特殊な高級フィルムとなっております。

カーフィルム5年保証

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※お客様の車が車両保険に加入していてガラスが破損した場合、相手方に車をぶつけられてガラスが破損した場合、カーフィルムも保険の対象になります。
NSコーポレーションのカーフィルムは激安ですが、すべてが日本製であり、量販店のような外国製とは違い色褪せがしません! また、ベンツなどを取り扱う全国ヤナセ指定フィルム採用により、他社の断熱フィルムよりも圧倒的に体感温度は違います! シルフィードはインフレットピュア、ウインコス・スタンダードよりもUVカットはもちろん、赤外線カットがとても優れたフィルムです。
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紫外線を99%カットし、心地よい優しい光と快適な車内環境を生み出します。
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断熱性能の違いを体感器で検証。左側がシルフィード、右側が一般スモークフィルムで、スタート時はどちらも26.4℃を示している。

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照射後、5分後の温度計は31.2℃と42.1℃を示している。シルフィードを施工した側が10℃以上低いことがわかる。
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万が一の事故などで側面ガラスが割れた場合、ガラスが割れて細かく飛び散り大変危険です。
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シルフィードを施工したガラス。ガラスは割れますが、フィルムによって飛散が抑えられ、安全性を確保できます。

フロント透明断熱フィルムも施工しております!
カーフィルム「シルフィード」全体的に施工すると車内温度が10度変化します!

カーフィルムを施工するなら施工台数が多い店とカーフィルム種類が豊富な店を選ぶべき!

ここ最近、ディーラーでもカーフィルムの施工台数が激減しているのと、カーフィルムの施工金額が安くなっておりディーラーに委託されている施工業者もカーフィルムの施工だけで生活するのも困難になってきております。

弊社では今まで、あまり他社の悪口などはホームページなどに掲載すると見苦しいので控えておりますが、今回はあまりにもひどいのと詐欺が多すぎなので掲載します。
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上記の画像はお客様曰く、透明UVカットプラスIR(断熱)フィルムを貼って頂いたそうです。

しかし、カーフィルムを剥がしてみますと、上記画像のようなビニールテープみたいなフィルムであり、通常のカーフィルムは20~25ミクロンの範囲(セロテープは50ミクロン)ですので、この段階でディーラーはどんなフィルムを使用してるのか疑問に思いました。

次にティントメーターというガラスやカーフィルムの透過率を計測すると、上記カーフィルムは透過率が91%と物凄く透明度が高いので断熱機能が備わってないのではないかと推測しました。
通常のUV99%+断熱フィルムは一番透明度の高いものでも89%だからです。
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最後に上記カーフィルムに断熱機能が備わっていないのがわかったのは単純でハロゲンライトでUVカットのみのフィルムと断熱効果があるフィルムを実際に体感するとわかります。
弊社ではお客様がUVのみのフィルムと断熱フィルムの違いで悩んでいるときにこの方法は採用すると、全然、熱さが違う!と感動してくれます。
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今回、このカーフィルムを貼っていたお客様はディーラーだから大丈夫でしょうと言っておりましたが、このような詐欺になった原因は最初の序論にあります、ディーラーに委託されている施工業者の生活が大変になったからです。
通常、ディーラーに委託された施工業者はカーフィルムは自分で持ち込んで貼るのが基本です。
そこで、断熱フィルムをディーラーに委託されたにも関わらず、自分の生活が大変だから断熱フィルムの半分以下の値段で貼れるUVカットのみのフィルムを貼ってしまうのではないでしょうか。
尚、施工台数が激減しているので、高額なカーフィルムの在庫は抱えられない等の負のスパイラルにも陥っているのでしょう。

あとは「偽物貼ってもお客にはわかんねえよ」ってのが宜しくないでしょう。

ここまで見ると施工業者だけが悪いように感じますが、本来、ディーラーも監督責任があるのと、施工のみは業者に委託してもカーフィルム原反はディーラー側が用意しないと、こういった詐欺はなくならないのではないでしょうか。

弊社に来たお客様だけでもかなりの詐欺がありましたので、かなり横行してるのでないかと思います。

弊社では東京と横浜に店舗を構えておりますが、1店舗のみでも60万円相当の在庫を抱えておりますので御安心下さい。
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追記…弊社ではリアガラスの施工は一枚貼りになりますが、一枚貼りは特許になり、特許の使用料を払うか、リンテック製のフィルムを採用しないと認められておりませんので、そのあたりもお客様のほうで確認が必要でしょう。

クラッシックカーもフロントガラスで一枚貼りです。
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楽天市場で洗車用品も販売しております!(カーフィルム神奈川県相模原市)

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相模原市(さがみはらし)は、神奈川県北部にある政令指定都市。緑区、中央区、南区の3区で構成される。

概要
相模原市は、神奈川県内では横浜市、川崎市についで第3位の人口規模を擁する。2007年3月11日の2町の編入合併により人口は70万人を超え、全国の市で第18位である。相模原市が市制施行されたのは1954年(昭和29年)だが、戦後に純粋に市制施行された都市の中では最も人口が多い(さいたま市、北九州市が誕生したのは戦後だが、これら2市は複数の自治体の新設合併により誕生した都市であり、合併時に戦前に市制施行された都市が含まれる)。2010年3月末までの政令指定都市移行と、首都圏サミットへの参加を目指していたが、2009年10月2日に原口一博総務大臣が必要な作業に入るよう指示し、その後、10月23日の閣議で相模原市を2010年4月1日を以て政令指定都市に昇格させることが決定された。非道府県庁所在地では5番目、戦後に市制施行された都市では初の政令指定都市の誕生となり、2009年4月1日に移行した岡山市に次ぐ19番目の政令指定都市(緑区・中央区・南区の3区制)へ移行した。これにより、神奈川県は全国で唯一の3つの政令指定都市を持つ都道府県となる。
経済面や鉄道・道路などの地理上、県内他市よりも東京都、特に多摩地域とのつながりが強い。また、首都圏南西部の核として国から位置づけられている(首都圏業務核都市指定都市)。市では首都圏南西部をリードする広域交流拠点都市となるべく、「さがみはら新都心」の形成を目指している。しかし、東京都心まで電車で35-40分程度(相模大野より小田急小田原線の快速急行あるいは橋本より京王相模原線経由京王線の特急の場合)であり、産業構造の転換により大型工場の撤退が相次いだことで、ベッドタウンとしての面が一層強まっており、業務機能の集中は弱いのが現状である。そのため、中心市街地法で都市核が複数(橋本・相模大野)認められている都市である。当市以外で複数の都市核が認められているのは静岡市、北九州市、熊本市の3市のみである。
旧市域は概ね3地区に分けられている(橋本を中心とした北部地区、相模原駅付近・中央地区を中心とした中部地区、相模大野を中心とした南部地区)。

地理
2006年3月の合併以前の旧相模原市域は、隣接する町田市との経済的・地理的・文化的関わりが深く、共に業務核都市に一つの都市として指定されていた。近年、東京都心へ旧市域南部の相模大野から35分程、旧市域北部の橋本から40分程で行けるその交通の利便性から、東京のベッドタウンとして人口が増加している。
市内には相模原公園や相模原北公園をはじめとした大規模な公園が点在していることや、比較的自然な環境が近いことなどから若年世帯を中心とした人口の流入が続いている。市内に大学が多いことや、周辺都市の大学も相模原市内の駅を最寄とする場合が多く、更に多数の大学を抱える八王子市への交通が便利なため、学生の街としての顔も併せ持つ。また、市内には宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所相模原キャンパス(開所時は文部省宇宙科学研究所)があり、日本の宇宙科学の研究拠点として知られる。
また編入した旧津久井郡4町のうち、城山町と津久井町は橋本駅を最寄り駅として利用しており、国道413号(津久井街道)を介して相模原市中心部との結びつきがあるのに対し、相模湖町と藤野町は相模原市中心部よりも、JR中央本線や国道20号(甲州街道)を介して、八王子市との結びつきの方が強い。

地形
相模川左岸の相模原台地上に位置する平坦な東部・旧相模原市域(中央区・南区および緑区東部)と、南の丹沢山地と北の高尾山・陣馬山などの間に広がる山地を相模川などが刻み、河岸段丘上にわずかな平坦面が散在する西部・津久井地域(旧津久井郡、緑区の大半)とに分けることができる。ただし、津久井地域のうち旧城山町東部は地形的に連続する旧相模原市域と合わせて相模原台地の一部として理解するのが適当である。直下には伊勢原断層が所在している。

相模原台地
相模原台地(相模野台地とも呼ばれる)は相模川が作った扇状地が隆起して形成された洪積台地である。西側の相模川に沿って、気候変動や海水面の変化によって形成された河岸段丘が発達している。
大きく3段に分けられる段丘面のうちでは上段(相模原面)が最も広く、旧市域の半分以上を占め、旧城山町東部の大半もこの段丘面上に広がる。緑区川尻(旧城山町)の川尻八幡宮付近の標高約180mを最高点に南東へ向かって徐々に高度を下げ、緑区橋本六丁目の神明大神宮付近で約140m、南区東大沼二丁目の大沼神社付近で約100m、南区相南三丁目の東海大学付属相模高等学校付近で約85mとなり、南の大和市や座間市に続く。段丘面上は平坦ではあるが水に乏しく、利用が進まずに原野が広がっていた。相模原または相模野とは、主にこの原野について呼んだものである。
江戸時代以降に行われた新田開発によって畑と雑木林の広がる景観となった。
日中戦争下、1930年代に新興工業都市の政策により、軍事施設(当市域では主に陸軍)が相次いで進出し、北部では「軍都計画」と呼ばれる大規模な都市計画に基づく土地区画整理事業が当時の内務省神奈川都市計画地方委員会(野坂相如、浅野英ら)によって行われた。1945年の敗戦によって都市建設は中断したが、戦後しばらく経ってから区画整理事業は再開し、完成した。そして1960年代以降急速な都市化が進行した。
現在では旧軍都計画区域を中心とする北半部および南東部の小田急線沿線はほぼ完全に市街化しているが、南区麻溝台・新磯野地区には農地が広がっている。なお、旧軍施設の中には戦後米軍に接収されたものも多く、現在も返還されていない区域が旧相模原市域の面積の約5%を占める。
緑区久保沢から下九沢、中央区上溝を経て南区下溝まで上段と中段(田名原面)の境をなす段丘崖は「横山」と呼ばれる。「ハケ」とも呼ばれる段丘崖の湧水を水源に鳩川、姥川、道保川が段丘崖に並行して南東へ流れるが、これはかつて相模川がこの堆積面上を流れていたときの流路跡であると考えられている。 下段(陽原[みなばら]面)は3段の中では最も面積が狭く、主に中央区田名地区内の一部(陽原・望地・塩田)を占める。
これらの段丘面の下に現在の相模川による沖積低地が形成されているが田名よりも上流側では幅が狭く、川が南へ向きを変える南区当麻から磯部よりも下流側でようやく広がりを見せる。田名の望地河原や当麻、磯部地区が当市域内では数少ない水田地帯となっている一方、上流側の小倉橋、大島河原から水郷田名(田名久所[ぐぞ]地区)にかけての区域は大正期から風光明媚な景勝地として知られている。
当市域の北から東にかけて東京都町田市との境界となっている境川は多摩丘陵を刻む小河谷である「ヤト」(谷戸)や、鳩川などと同じくハケの湧水を水源としているが、これも元の相模川の流路であったと考えられている。以前は激しく蛇行していたために、わずかの大雨ですぐに洪水を起こす川だった。そのために戦後徐々に河川改修が進められて橋本付近より下流では川幅が広げられて流路も直線化された。しかし蛇行していた旧流路によって定められていた都県境の変更は、特に町田市との間でほとんど進まず、相互に「川向こうの飛地」を多く抱えている。

津久井地域
宮ヶ瀬ダム建設に伴って形成された宮ヶ瀬湖。周囲の景観の調和、歴史的価値などの観点から評価され、「ダム湖百選」に認定されている。
緑区の中・西部で区全体の面積の9割以上を占める津久井地域は、相模原台地の北西端に位置する旧城山町東部を除くと、ほぼ全域を南の丹沢山地や北の秩父山地に連なる山地が占め、両山地の境界をなす相模川と、道志川をはじめとするその支流沿いに河岸段丘が散在するのみの平地の少ない地域である。
道志川の南側、旧津久井町南西部の青根、青野原、鳥屋(とや)地区は、丹沢山地の北部によって占められ、大室山から同山地最高峰の蛭ヶ岳を経て丹沢山に連なる主稜線で南の足柄上郡山北町と境を接する。また、主脈と呼ばれる蛭ヶ岳から焼山へ至る稜線は北西側の道志川流域と南東側の中津川支流の早戸川流域(いずれも相模川水系)を分ける尾根となっている。標高は低いながらも険しい壮年期の山地であり、平坦地は道志川南岸の高位に散在する狭小な河岸段丘と、串川上流にわずかに伸びる谷底平野が分布するのみである。前者の河岸段丘群を貫通する国道413号に沿って青根、青野原の集落が、後者の谷底平野に鳥屋の集落とわずかな耕地が分布する外は山林に覆われている。
深い谷をうがち谷底平野をほとんど持たない道志川の北側では、石老山、石砂山を経て山梨県上野原市と道志村の境をなす尾根筋が大きく道志川の側に偏って伸び、北の相模川の河谷へ向かって徐々に高度を下げる丘陵によって占められる。旧藤野町南部の牧野(まぎの)地区の集落はこの主に丘陵地の緩斜面に散在する。西に隣接する上野原市秋山地区からは秋山川が流入し、日連(ひづれ)大橋付近で相模川に合流する。
一方、相模川の北側では和田峠、陣馬山、景信山、小仏峠、城山(小仏城山)、大垂水峠と連なる尾根筋によって北の東京都八王子市および檜原村と境を接し、西隣の山梨県(上野原市)との境界をなして南流する境川と東側の沢井川のつくる河谷に旧藤野町北部の佐野川、沢井の集落が分布する。
これらの山地の間を東西に貫流するのが相模川である。一般に山梨県内では「桂川」と呼ばれ、神奈川県に入って「相模川」と呼ばれるようになるとされているが、旧相模湖町では北岸の与瀬、小原(おばら)両地区を合わせて「桂北地区」と呼んだり、さらに下流側の千木良、若柳地区間に架かる橋を「桂橋」と呼んでいる例も見られる。上流の上野原市と接する小淵、名倉(旧藤野町)から下流側の中沢、城山、谷ヶ原(旧城山町)にかけて、相模川の両岸には相模原台地と同時期に形成された数段の河岸段丘が発達している。この平坦面を連ねて甲州街道(国道20号)、JR中央本線、中央自動車道が通過し、東京(江戸)と甲信地方を結ぶ重要な交通路となっている。
旧津久井町北東部では相模川南岸に比較的面積の広い段丘面が広がり、この段丘上に位置する中野地区は津久井地域の主邑として行政の中心となっている。焼山から道志川・相模川と串川に挟まれて伸びる尾根筋の末端の城山は相模川を隔てて相模国中央部の広大な平坦地を見下ろす要害の地に位置し、鎌倉時代に三浦氏支族の津久井氏によって築城されたことからこの名があるとされている。
段丘上の平坦地に対して相模川の谷底の平坦地(谷底平野)の発達は悪い。この地形を利用して1947年(昭和22年)に相模ダムが、また1965年(昭和40年)には城山ダムが建設され、それぞれのダムによる人造湖として相模湖および津久井湖が形成された。道志川には1955年(昭和30年)に道志ダム(奥相模湖)が建設され、また2000年(平成12年)に完成した中津川の宮ヶ瀬ダムのダム湖(宮ヶ瀬湖)の一部は津久井町にかかっている。これらのダム湖、および川尻地区北部(旧城山町)のヤト(谷戸)の奥に本沢ダムを築いて津久井湖から汲み上げた水を貯めて作られた城山湖との間は導水路で結ばれ、一体的な水資源管理が行われている。

経済
橋本地区
国の都市再生特別措置法に基づく「都市再生緊急整備地域」の指定地域である。
相模原市の小売店舗数は、県下で第4位。年間販売額は、横須賀市を抜き、横浜市、川崎市に次いで第3位。
市民ニーズに対応できる多様で個性的な商業地を形成する目的で、橋本・相模原・相模大野各駅周辺地区が中心商業地に、淵野辺・上溝・小田急相模原・東林間・古淵各駅周辺の地区が地区中心商業地に位置付けられている。相模大野駅西側、小田急相模原駅東側では現在、再開発が計画されており、一部では事業が始まっている。また、再開発が一段落した橋本駅北側でも、さらに超高層マンションの計画や、南側が緊急都市再生地域に指定されたことによる再開発計画が検討されている。
相模大野駅周辺地区の商業は、近くに相模女子大学、北里大学、女子美術大学などがあるため、学生の購買力を期待しがちだが、実のところ購買力はほぼ期待できず、撤退/開店が繰り返されている。これは、町田駅周辺の方が商業化が進んでいるためで、相模大野駅ビルの商業形態が幾度も変更された事でも証明される。

主な商業施設
bono相模大野
伊勢丹相模原店
相模大野岡田屋モアーズ
イオン相模原店、橋本店
アリオ橋本
イトーヨーカドーアリオ橋本店、相模原店、古淵店
ダイエー相模原店、上溝店
相模大野ステーションスクエア
bono相模大野
ニトリモール相模原
ミウィ橋本
MOVIX橋本
アイワールド相模原店
ホームセンターコーナン相模原西橋本店、相模原小山店
カインズホーム相模原塩田店、城山店
ロイヤルホームセンター相模原橋本店
ユニディ相模大野店
島忠ホームズ相模原店
ドン・キホーテメガ古淵店、相模原店
ヨークマート田名店
スーパーアルプス田名店

金融機関
横浜銀行 上溝支店、古淵支店、相模大野支店、相模原駅前支店、橋本支店、東林間支店、淵野辺支店、中野支店、相模原駅前支店相模原市役所出張所
みずほ銀行 相模大野支店、小田急相模原支店、相模原支店、橋本支店
三菱東京UFJ銀行 相模大野支店、相模大野駅前支店、相模原支店、相模原中央支店、橋本支店
三井住友銀行 相模大野支店(相模原支店は神奈川県座間市相模が丘に所在する)
りそな銀行 相模大野支店、橋本支店
静岡銀行 相模大野支店
スルガ銀行 相模原支店、東林間支店
三井住友信託銀行 相模大野支店
東日本銀行 相模原支店、古淵支店
神奈川銀行 相模台支店
山梨中央銀行 相模原支店
静岡中央銀行 番田支店
八千代銀行 大沼支店、上溝支店、古淵支店、相模大野支店、相模台支店、相模原支店、田名支店、東林間支店、二本松支店、橋本支店、淵野辺支店、淵野辺支店千代田出張所、南淵野辺支店、城山支店
ゆうちょ銀行 橋本店(正式名称はさいたま支店橋本出張所)(市内にあるその他の郵便局はゆうちょ銀行の代理店業務のみ)
平塚信用金庫 相模台支店、相模野支店、相模原中央支店
西武信用金庫 橋本支店、矢部支店
城南信用金庫 淵野辺支店
日本郵政 郵便局(直営店)55局
山梨信用金庫 橋本支店、相模原中央支店、相模湖支店、津久井支店、城山支店、藤野支店
神奈川県医師信用組合 相模原支店
神奈川県歯科医師信用組合 相模原支店
相愛信用組合(旧:半原信用組合) 相北支店、津久井湖支店、相模湖支店
中央労働金庫 相模原支店、相模大野ローンセンター(預金業務等は一切行っていない)
多摩信用金庫 相模原支店

産業
農業
明治から昭和初期にかけて当市域では養蚕が農家の主要な収入源として盛んに行われた。この時期の地形図では台地上が「桑畑」の記号で埋め尽くされている(ただし、相模原周辺では防風などの目的で畑の周囲に桑を植えることが行われており、このような「畑」を地図上で「桑畑」としていることも多いようである。なお、このように畑の周囲に植えられた桑の木をマワリックワなどと呼ぶ)。相模原市が発足した1954年の市域内の桑園面積は約600ha超、養蚕戸数が約2,500戸で、繭の生産量について神奈川県の3分の1を占めていた。また、畑では麦類や芋類が中心に生産されていた。しかし、都市化の進行とともに養蚕は急速に衰退し、畑での栽培作物も野菜類と花卉類に主力が移っている。
一方で、東京や横浜という大消費地をひかえ、養豚や養鶏、酪農という畜産業も盛んに行われた。養豚は、相模原台地南部に続く旧高座郡下の他の各町村と共に大正期以降に盛んとなり、昭和初期にイギリスから導入された「中ヨークシャー種」の豚は高座豚の名で広く知られた。養鶏が特に盛んになったのは1960年代以降である。麻溝台には規模の大きな鶏舎が建てられ、1980年の市内の鶏卵生産額は31億円余りに達した。また1960年代には乳牛の飼育頭数が増え、乳業メーカーへの牛乳出荷が盛んになった。しかし都市化が進行するとともに悪臭の発生などによって経営が困難となり、いずれも衰退している。
市発足以前の1950年当時の農家戸数は総世帯数の約40%を占める約5,500戸で、うち約3,000戸が専業農家であった。しかし都市化の進行とともに農家数は減少を続け、2000年には1,600戸に満たず(総世帯数の1%にも満たない)、専業農家はわずかに155戸となっている。1954年に4,500haを超えた経営耕地面積は、2000年には700ha未満にまで減少している。
現在、旧相模原市域で農業が盛んに行われているのは西部の大沢・田名・麻溝・新磯地区であり、それ以外の区域では住宅や工場の進出が著しい。

工業
平らな土地が広がっているので、戦後は工場の進出が進み、内陸工業都市として発展を続けている。1955年に「工場誘致条例」が制定され、工場誘致が進められ、それまでの養蚕、製糸などの手工業から、電気機械、金属製品といった組立加工型工業が多く見られるようになった。内陸工業都市として知られる相模原市も、昨今では、産業構造転換のあおりを受け、大型工場などの多くが廃業を余儀なくされ、大型マンションや商業地として生まれ変わりつつある。
特産品は、電子部品、特殊車両

交通
鉄道
東日本旅客鉄道(JR東日本)
横浜線
古淵駅 – 淵野辺駅 – 矢部駅 – 相模原駅 – 橋本駅
相模線
相武台下駅 – 下溝駅 – 原当麻駅 – 番田駅 – 上溝駅 – 南橋本駅 – 橋本駅
中央本線
相模湖駅 – 藤野駅
京王電鉄(京王)
相模原線
橋本駅
小田急電鉄(小田急)
小田原線
相模大野駅 – 小田急相模原駅
江ノ島線
相模大野駅 – 東林間駅
中心となる駅:相模原駅
主要部へのアクセス[編集]
日中の東京・横浜方面への所要時間は以下のとおりである。なお、朝夕の通勤時間帯には5〜25分程度所要時間が余計にかかる場合もある。なお、ここでは中心市街地と認定されている地区の駅である橋本駅と相模大野駅を取り上げる。

橋本駅
東京方面
橋本 – 新宿(京王線特急で37分)
橋本 – 明大前乗換 – 渋谷(京王線特急+京王井の頭線急行で約40分 ※乗換時間を含む)
橋本 -新宿乗換- 東京(京王線特急+JR中央線快速電車で約55分 ※乗換時間を含む)
橋本 – 本八幡・京成八幡乗換 – 成田空港(京王線区間急行・都営線急行+京成本線特急で約2時間20分 ※乗換時間を含む)
横浜方面
橋本 – 新横浜(JR横浜線快速で約35分)
橋本 – 横浜(JR横浜線快速で約45分)

相模大野駅
東京方面
相模大野 – 新宿(小田急線快速急行で約35分)
相模大野 – 下北沢乗換 – 渋谷(小田急線快速急行+京王井の頭線急行で約35分 ※乗換時間を含む)
相模大野 – 新宿乗換- 東京(小田急線快速急行+JR中央線快速電車で約60分 ※乗換時間を含む)
横浜方面
相模大野 – 町田乗換 – 新横浜(JR横浜線快速で約35分 ※乗換時間を含む)
相模大野 – 大和乗換 – 横浜(小田急江ノ島線快速急行+相鉄線急行で約30分 ※乗換時間を含む)

鉄道の計画
東海旅客鉄道
リニア中央新幹線の品川・名古屋間が2027年に開業予定。2013年9月に詳細なルートが公表された。神奈川県内の駅が橋本駅の南側、神奈川県立相原高等学校の敷地内[9]に、車両基地が緑区鳥屋に設置される。相模原市内は車両基地付近、相模川(小倉橋)付近、道志川(緑区青山)付近を除いて全線地下で敷設されるが、深度40メートル以内のため、「大深度地下の公共的使用に関する特別措置法」は適用されない。リニア新駅設置と連動して東海道新幹線新駅を倉見駅に誘致する計画が神奈川県主導で行われている。なお、相模原駅周辺の二つの地区自治会連合会から米軍補給廠跡地を活用した相模原駅への誘致を求める要望書が提出されていたが、米軍補給廠は全面返還されるわけではないため非現実的であり[10]、相模原駅案は立ち消えとなっている[11]。
小田急電鉄
小田急多摩線が、東京都多摩市にある現在の多摩線の終着駅である唐木田駅から相模原駅を経由して、上溝駅まで延伸する計画がある。この計画が実現すれば、小田急小田原線、小田急江ノ島線、京王相模原線と共に都心西部に繋がる動脈になる。また、相模原駅で横浜線と交差する場合には在日米軍基地相模総合補給廠を縦貫しなければならないが、想定しているルート(旧県道上溝立川線)については2014年9月30日、日本に返還された。上溝から先、愛川町方面まで延伸する構想もある。小田急多摩線が延伸すると、小田急電鉄のすべての路線が相模原市を通ることになる。
東日本旅客鉄道
横浜線の橋本駅から矢部駅までのうち、相模原駅を中心とする3.7kmを対象とした連続立体交差化の計画がある[12]。
相模線で、上溝駅と南橋本駅との間に作ノ口駅、相武台下駅と下溝駅との間に上磯部駅の設置が検討されている。また、全線にわたる複線化と編成車両数の増強への要望があるが、橋本駅付近の立体交差(ふれあい立体)や上溝駅新駅舎は複線化を考慮しない構造で設計されるなど実現の目途は立っていない。
相模原新交通(仮称)
相模原市が主体となって、相模大野駅を基点とし、麻溝台を経由し、原当麻駅に至る新交通システムの導入が検討されている。当初はバス・ラピッド・トランジット(BRT)の導入を検討していたが、沿線住民の反対意見が多く撤回した。
上記の経緯を踏まえて相模原市は「新しい交通システム導入検討委員会」を新たに設置し、交通形態の選定について引き続き協議している。

計画が中止になった鉄道路線
南津電気鉄道
1924年、南多摩郡多摩村関戸(現在の聖蹟桜ヶ丘駅)から絹の道鑓水地区を経由して津久井郡川尻村(旧・城山町)までを結ぶ南津電気鉄道(南津は「南多摩郡」の「南」と「津久井郡」の「津」の意)の敷設も計画された。東京都八王子市の『絹の道資料館』近くには「鑓水停車場」と書かれた石碑が建っている。
相武電気鉄道
1927年、相武電気鉄道が設立され、鶴川駅から淵野辺駅・上溝駅を経由して、田名方面まで鉄道を建設する免許を取得し、(神奈川県道・東京都道57号相模原大蔵町線とほぼ並行している)第1期線である淵野辺 – 田名間で工事に着工したが、恐慌による資金難によって断念し、解散を余儀なくされてしまった。
西武多摩川線
1960年代に、西武多摩川線は、多摩ニュータウンへのアクセス路線として是政から多摩川を渡り、多摩ニュータウンを経て橋本まで延長する計画があったが、都心との連絡に当時輸送力が逼迫した中央線を経由する必要があったため、この計画は中止となった。
小田急多摩線城山中央延伸計画
小田急多摩線は、当初多摩センターから京王線の北側を通り、橋本で横浜線と直交し、旧・城山町の城山中央駅(仮称)まで延伸する計画で、1966年に免許を取得したが、京王線と平行し、採算が取れない可能性が非常に高かったため、1987年に免許を失効させた。
京王相模原線相模中野延伸計画
京王相模原線は、橋本駅より旧・津久井郡方面の相模中野(緑区中野、計画当時は津久井町)周辺まで延伸する計画があり、小田急と同じく1966年に免許を取得し用地買収も進めていたが、建設を断念、1988年に免許を失効させた。なお、相模原市のウェブサイトには、合併後のマスタープランにこの計画に関する記事が掲載されていたが、その後削除されている(新市まちづくり計画 (PDF) )。また、神奈川県鉄道輸送力増強促進会議の要望書に対して、京王電鉄は上下分離方式での延伸に含みを残すものの「単独での建設は極めて困難」と回答しており、橋本駅開業時に京王帝都電鉄(当時)と共に用地買収を行った不動産業者も京王線橋本駅の延長線上に自社ビルを建てたり、京王も国道413号線沿いに路線用地として確保していた土地の大半を売却したため、京王電鉄単独での延伸計画は中止となった。代替として津久井広域道路を活用した急行バスを橋本駅から運行させる案が浮上している。
カーフィルム神奈川県相模原市

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